このサイトは潰瘍性大腸炎とクローン病の患者会の全国組織である、NPO法人IBDネットワークがNPO法人健康と病いの語りディペックスジャパンの許可を得て作成したものです
診断時28歳、インタビュー時51歳(2012年7月)九州地方在住。寛解と再燃を繰り返しながら、3回の入院を含め長年にわたる内科治療をしている。潰瘍性大腸炎そのものでは、発病したときは全大腸炎型でかなり重症だったが、その後はそれほど重症になったことはない。しかし合併症としての関節炎や免疫抑制剤の副作用としての歯周炎などがひどい。職業は獣医師。独身。
(医師に対する)不信感みたいなことはなかったですけど、ただ免疫抑制やって真菌症になったんですよ。爪になったときに真菌症の薬(イトラコナゾール)飲んでたんだけれどあれ一応保険って6カ月で終わるんです。だけどプレド二ゾロン使ってるから、免疫抑制だから多分1年飲まないと収まらないと言ったんです、それを切られた時は駄目だと思いました。結局1回切ってまた出て、トータル3年くらい飲んでたんだったかな。結局1年8カ月くらい飲んでやっと納まったんです。そこで切ってなければもっと早く納まったと思うんですね。
もう一つは病院内によっても医者のやり取りがないんですよね。今のとこもそうなんですけど消化器と膠原内科通っているんですけど、そこのやり取りが全然ないんですよ。そこは病院システムの問題ですよね。本当だったら総合病院で、隣に(自分の)患者が掛かってたら、そこは医者同士でミーティングじゃないけど情報のやりとりで、こういうような人はこれだとかっていって、・・採血にいっても関節炎があるっていうのに叩くんですよね。だから思いっきり痛いっていって、関節炎もってるからっていっても何回でも叩くし、だから病院の意味なしてないですよね。
で後は問題なのは、どっちが先かわからないけど、歯周炎起こすと免疫が抑制されると言われているし、免疫抑制剤を使うと歯周炎を起こすんですよ。だけど歯医者はそれを知らないんですよ。おれはだから歯周炎起こして歯根膿瘍で2本歯を抜いているんですよ。それでもしょうがないから自分で納得して医者に言って抗生剤もらって、一次しのぎをして抜歯の時期をずらしてっていうのもあるんですけどね。歯周炎って意外と知らないんじゃないですか。
診断時28歳、インタビュー時51歳(2012年7月)九州地方在住。寛解と再燃を繰り返しながら、3回の入院を含め長年にわたる内科治療をしている。潰瘍性大腸炎そのものでは、発病したときは全大腸炎型でかなり重症だったが、その後はそれほど重症になったことはない。しかし合併症としての関節炎や免疫抑制剤の副作用としての歯周炎などがひどい。職業は獣医師。独身。
知識が有ったから先生、こうして、ああしてとか、あとはお医者さんの方から、こういう薬があるから使ってみないかとか言って納得しながらやっているんで、で副作用が出た時もまあ、しょうがないだろうと言って、出ましたといって、しょうがないだろうくらいですね。べつに、だから不信感とかそういうのはないし、まあこっちも納得してるっていうこともあるので敢えて聞かないとか言わない所もありますけど、そんなに悪い関係ではなかったですね。病院もいくつか変わっているけど。
Q:変わって、先生が変わったことで困ったりとかはあまりなかったんですか。
そうですね、先生が変わったから困ったということはなかったんですが、まあ、色々動いていくうちで一番問題だなと思うのはやっぱり都会ですね。関東とか東京だと病院がすぐそばにあって、それなりの医者がいて対応できるんですけれど、まあ大阪はちょっとわかんないですけれど、他の都市になると結構病院に通うっていうのは離れたところまで行かなければならないので、医療の地域間格差というのは大きいと思いますね。前の所は病院まで約1時間半ですか、往復で3時間ですよね。で、病院で治療したらやっぱり1日仕事になるので、そういう面での地域間格差、医療格差というのは大きいんじゃないかなと思いますね。
Q:そうするとお医者さんとか医療従事者の方に患者の立場として何かこう希望することとか何か言いたいこととかありませんか。
私はものすごく、こうあの先生たちに支えられて今まできているんですね。外来の主治医は大学病院で二人先生が変わられたんで二人と、今のクリニックの先生で三人目なんですけど、最初の先生がとっても優しい、お優しい先生で、私が結婚前だったっていうこともあって、私がムーンフェイスになるとすごい心配して、彼は何て言ってるって心配してくださったりとか、結婚前にも悪化したんですね、結婚前も悪化、結婚式の10日前に悪化、ガーと下血しだして、その時もなんとか結婚式に間に合わせようと言って、ステロイドの点滴を外来で入れて、でその時はですね、新婚旅行でハワイに行くことになってたんですね。先生にハワイ無理ですよねって、とても行けないですよねって言ったら、一生に一度のことだから行っといでって言われて、で、ほんとうにハワイに行く日の朝まで病院で点滴を打って、山のように薬を持たされてハワイに行ったっていうことがありました。
診断時45歳、インタビュー時52歳(2013年2月16日)関東地方在住3年間の内科治療の後2009年に全摘手術をした。術後はほぼ順調で現在は便の回数も7回程度で安定している。家族は母親と妻と3人暮らし。
まず、潰瘍性大腸炎と診断されたら、IBDの専門医のいるところに行くのが一番良いのではないかと。経験上ですね。最初に町の普通のクリニックに行って…私の場合ですね。潰瘍性大腸炎と診断されて。で、まぁ、自分の判断で、まぁ、このクリニックで薬を飲んでれば治るだろうと思った期間が2年間もあってしまったので、その期間にステロイドも増えてしまって、とても遠回りになったと思います。で、IBDの専門医であれば、難治性と言って、もう寛解期に入れない、炎症が治まることがないっていう判断を下すこともたぶんしてくれると思うので、それによって、無駄にと言うか、たくさん飲まなくては…ステロイドをたくさん飲まなくてはいけなくなってしまうということも回避できると思いますし。一概に、手術すれば全員が良い方向に行くとは限らないんですが、おそらく手術に行くタイプである場合は、専門医の判断のほうが早いと思います。それだけ、薬の量、ステロイドの量も減らせますし、時間の浪費も減ると思いますし、あとは的確な判断と治療してもらえると思います。
診断時:10歳 インタビュー時:14歳 中学3年生(2012年4月)関東地方在住。内科治療を色々試したが、どれも効果がなく中学1年の時に大腸全摘の手術を行った。手術をして良かったと思っている。また、自分の体験を多くの同じ病気の人に知ってもらいたいとも思っている。今は、母と犬2匹と暮らしている。
入院治療は、ご飯は全く食べない状況で、点滴とトイレがお友達という状態で、他の患者さんもいて友達になる人もいましたが、病室でやっぱし、食堂というかそこに行って食べれないという子が私の居る病室でごはんを食べているっていうのの、匂いを嗅ぐだけでいらいらいたり、ああ嫌だと思って、わめいたりはよくしましたね。あとは一時期小児科の方にいたので、保母さんとかと一緒に折り紙をして遊んだりっていうので気を紛らわしていました。
Q:それは何歳くらいの時ですか、最初に入院したのは。
最初に入院したのは、小学校4年生の7月の29日くらいですね。
Q)そのとき看護師さんとか病院の先生はどんなでしたか。
看護師さんとはどの病院にいっても、いつ入院しても、とても優しく接してくださって、病院の先生は色々な先生に当たってもらい、みなさんすごく有名でいい先生なんですが、それぞれ個性があって、一人の先生はとっても優しくて、もう一人の先生は会うたびに手術、手術って連呼されたり、三人目の先生は本当に沈黙が多い先生で、でもどの先生とも今でも付き合いはあるので、とてもいい先生です。
診断時19歳、インタビュー時35歳(2012年3月) 関東地方在住。大学に入学した頃発病して内科治療を続けながら司法試験に挑戦し、苦労しながらも弁護士になった。その後も再燃、寛解を繰り返し、薬もだんだん効かなくなってきた時手術も検討したが、最近はなんとか寛解状態が続いている。独身の一人暮らし。
本当に親身になってケアしてくれるドクターなり看護師の方がいたんで私はそんなに不満は特にはなかったですけど。今のところは、悪くなれば、ただ、大学病院が多かったので、悪くなった日にいきなり行っても主治医がいないとか、なかなかやってもらえないってのはあるんで、そこはちょっとそのドクターそのものに対する不満というわけではなくて病院の体制といいますかね、そいうのに対する不満はありますけど、仕方がないところではありますよね。悪くなってすぐその日にその時間に見てもらえるというのが一番理想ではありますけど、なかなか見てもらえず、というのはありますね。
診断時:21歳 インタビュー時:31歳(2012年4月)関西地方在住。現在、常勤の高校教師。大腸の全摘手術経験者。下痢が半年間続いたため、病院受診、検査ですぐに潰瘍性大腸炎と診断される。ステロイドで回復するも、止めると再発し、これを繰り返す。将来も考えて、手術を決断。術後の経過は、他の手術経験者と比較してもかなり順調な経過をたどり、その後、希望であった教師の職に就く。
私は病院を何回か変えているのですが、最初の外科の先生がいた病院では潰瘍性大腸炎の全摘出術の症例がとても少なかったので、年間にたくさん手術をしている病院へ変わった方が良いだろうということで、そのような病院で手術を受けることにしました。
Q:その変えられた医師はどのように見つけられたのでしょうか。
私は患者会にも参加していましたので、そこで情報を集めたのと、インターネットで潰瘍性大腸炎の外科手術を行っている病院をいくつか調べまして、症例数が多いところを調べていくと関西の方であまりたくさんなかったので、その中でも特に症例数が多いところという理由で外科手術をする病院を選びました。
診断時:29歳 インタビュー時:53歳(2012年11月)北海道地方在住。トイレが頻回になって出血もあり、痔かと思って病院に行ったら即入院となり、潰瘍性大腸炎(UC)と診断された。以来さまざまな内科治療を経験し、入院も通算7回を数えている。手術も考えたことがあるが、まだしていない。家族は妻と成人した子供が二人。
最初の病院の主治医と、2回目の病院では主治医が2回替わりました。それは、あの、主治医の退職に伴って替わったっていうことですけれども。お医者さんと意見が合わないということは特になかったです。ただ、今の主治医に替わるときに、その前の主治医は、基本的にステロイドなるべく使わないという、主治医の方針でもあったし、病院の方針でもありました。ところが、3人目の主治医になったときに、ステロイドは、あの、積極的には使わないが、必要なときには使うというスタイルの方だったので、当時まだ目の発症はしていなかったものの、患者会の中でも、ステロイドが基本薬っていうふうなことはないだろうという話題があったので、その主治医と、ま、治療方針に関しては、いろいろやり取りはしました。そういう意味では、やり取りを、あの、できる関係の主治医だったというのは、非常に良かったなと思います。
それと最初の病院では、外科に入院してしまったということもあるんですが、潰瘍性大腸炎に対する治療法が、その程度だったと。ところが、移った病院では、まず入院すると絶食という処置がある。それから、IVHという、点滴を24時間、栄養剤を、血管に入れるという治療法もある。そして退院の前には、え、食事に関する指導がある。で、何より、同病の患者がいると。そういう、方針の下に患者も来て、運営されてる、この病気はこうやって、治療するんだという病院に対するそもそもの信頼感も、あの、持てたのかなというふうに思います
中国地方在住。長年にわたり内科治療を受けながら会社の仕事も続けている。ステロイドの副作用もでているが、まだ手術までには至っていない。患者会の仕事も精力的に行っている。家族構成は妻と二人暮らし。
もう病歴20数年です。24、5年になるんですけど、恐らく、まぁ、平均的に考えますと、まぁ、4,5年に1回は主治医が変わっている状態になっておりますんで、なかなか信頼関係というのは、まぁ、難しいところはあるんですけど。ただ、あの、共通して言えるのは、大学病院から来られた、いわゆる消化管の専門医、どちらかと言うと、IBDの専門医と言っていい方にずっと診ていただいております。それで、あの、当然、そういった、大学病院というのは、いわゆる厚生労働省の治療指針に基づいた、治療をやっていただける先生なんで、当然、信頼もしておりますし、
あと、こちらの私の言うこともですね、聞いていただける。えーと、具体的にはですね、血液検査をしても、私なかなか出ないんです。いわゆる、CRPとかあとは白血球の量とか、まぁ、色んな項目で判断、病状を判断するんですけど、そのデーターが、いわゆる、あの、悪くなると、こう、数値が、こう、上がってくるわけなんですけど、それが上がった時にはもう遅いですね。遅いというのは、もうかなり悪い状態になっているんですけど。まぁ、その辺をずっと、説明をして、まぁ、自分は、自分の状態、今、良いんだ、悪いんだというか、きちんと自分のほうからきちんと説明して、また、それを、あの、主治医のほうがきちんと聞いていただい…聞いていただける。理解していただける。そういった、あの、関係というのは、ずっとこれまでの先生と構築してきておりますので。あの、極端に言っちゃいますと、あなたにはもう任せておいてもいいから、自分で薬の量をコントロールしてもいいよということころまで(笑)言っていただいてる先生も結構いらっしゃって。