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このサイトは潰瘍性大腸炎とクローン病の患者会の全国組織である、NPO法人IBDネットワークがNPO法人健康と病いの語りディペックスジャパンの許可を得て作成したものです

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潰瘍性大腸炎の語り

看護師さんにはどの病院でも、いつ入院してもとても優しく接してもらった。 KT6A3-1

KT-6 プロフィール

診断時:10歳 インタビュー時:14歳 中学3年生(2012年4月)関東地方在住。内科治療を色々試したが、どれも効果がなく中学1年の時に大腸全摘の手術を行った。手術をして良かったと思っている。また、自分の体験を多くの同じ病気の人に知ってもらいたいとも思っている。今は、母と犬2匹と暮らしている。

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 入院治療は、ご飯は全く食べない状況で、点滴とトイレがお友達という状態で、他の患者さんもいて友達になる人もいましたが、病室でやっぱし、食堂というかそこに行って食べれないという子が私の居る病室でごはんを食べているっていうのの、匂いを嗅ぐだけでいらいらいたり、ああ嫌だと思って、わめいたりはよくしましたね。あとは一時期小児科の方にいたので、保母さんとかと一緒に折り紙をして遊んだりっていうので気を紛らわしていました。
Q:それは何歳くらいの時ですか、最初に入院したのは。
 最初に入院したのは、小学校4年生の7月の29日くらいですね。
Q)そのとき看護師さんとか病院の先生はどんなでしたか。
 看護師さんとはどの病院にいっても、いつ入院しても、とても優しく接してくださって、病院の先生は色々な先生に当たってもらい、みなさんすごく有名でいい先生なんですが、それぞれ個性があって、一人の先生はとっても優しくて、もう一人の先生は会うたびに手術、手術って連呼されたり、三人目の先生は本当に沈黙が多い先生で、でもどの先生とも今でも付き合いはあるので、とてもいい先生です。

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この方の語り一覧

転校した当時、環境の変化もあり、頑張りすぎちゃってお腹が痛くなった KT6A1-2

最初に難病って言う言葉を聞いた時はもうすぐ死んじゃうのかと思った KT6A2-1

看護師さんにはどの病院でも、いつ入院してもとても優しく接してもらった。 KT6A3-1

プレドニンを使っているときは写真を撮るのがいやだった KT6B1-1

とにかく早く楽になりたいという思いで手術をした。 KT6C1-1

最初は絶対に手術はしないぞという思いだったが、最終的には自分で手術をすることを決めた。 KT6C1-2

2回目の手術は1回目で痛いのが分かっていたので、「このまま帰る」ってわがまま言っていた KT6C1-3

術後便の回数は7回くらいだけど我慢できるようになったので特急にも乗れるようになった KT6C4-1

手術の傷跡はやっぱり気になる。特にみんなでお風呂に入る時は KT6C4-2

給食でみんながカレーを食べているときに自分は野菜スープだった時はため息しかでなかった。 KT6D1-1

最初は両親が病気のことを隠していたが、結局言わないと治療が進められないということで、聞くようになった KT6D2-1

友達に自分の病気のことを話すのは難しいけど、これからはできるだけ多くに人に伝えなきゃと思っている KT6D4-1

ストマの時は学校でたびたびトイレに行くのは辛かったが、カードを作ってもらって助かった。 KT6D4-3

自分の病気が間違った形で伝わってしまい、余命宣告されたことになってしまっていた。 KT6D4-4

病気はもう自分の一部になっているので、何をするにもそのことを頭に入れながらしなければならない KT6D4-5

病気のお陰で人との縁がすごい広がっている。そういうのが大好きなんです。 KT6D6-2