NPO法人 IBDネットワーク

このサイトは潰瘍性大腸炎とクローン病の患者会の全国組織である、NPO法人IBDネットワークがNPO法人健康と病いの語りディペックスジャパンの許可を得て作成したものです

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潰瘍性大腸炎の語り

CH-2 プロフィール

診察時26歳、インタビュー時44歳(2013年1月)女性 中国地方在住。長年にわたり一通りの内科治療をしたが改善しなかったので2002年に手術をして大腸全摘した。直後は腹膜炎を起こして大変だったが、現在は元気に暮らしている。家族構成は夫と二人暮らし。

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 仕事を辞めて、まぁ、たまにアルバイトをしながらとかだったんですが、うちの母が、割ともうあっけらかんとしたタイプの人だったので、それに引きずられる感じで。で、まぁ、それでもやっぱり、仕事はやっぱりしたいっていう気持ちがあったのでバイトとかをしてたんですけれども、そのたびにやっぱり悪くなって入院したりすることがあったので、もう周りからも、もうとにかく何もしないで、お食事もきちんと当時の低残渣食、食べて、家でじっとしてればいいんじゃないかと言われ、1年ぐらいそうしてみたんですが、
 やっぱりそれでも再燃してしまったので、それなら楽しく好きなことをやって過ごして、悪くなるならまだしも、何もせずにこんなに良い子にしてるのに悪くなるのだったら、それは人生楽しくないなということに思いまして。もうそれからは特に気にすることもなく、好きな時に好きなことをしようと、割と吹っ切れて過ごしていました。なので、特にそんな悲観してっていうこともなく、あの、思い悩んでっていうこともなく過ごせていたのは、(笑)まぁ、自分では、まぁ、良かったのかなっていう風に思っています。

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診察時26歳、インタビュー時44歳(2013年1月)女性 中国地方在住。長年にわたり一通りの内科治療をしたが改善しなかったので2002年に手術をして大腸全摘した。直後は腹膜炎を起こして大変だったが、現在は元気に暮らしている。家族構成は夫と二人暮らし。

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Q:では、あの、えーと、手術後にご結婚されたっていうことで、パートナーの方とは、その病気だったり体調とかに関する、こう、あの、お互いの、こう、やり取りとかは、どんなことをお話されたりとかされますか。
 特に私のほうが調子が悪いとかってそんなに言うこともなく。(笑)で、まぁ、夫も潰瘍性大腸炎の患者なので、で、まぁ、その気持ちもわかるんで。ただ、私とはちょっとタイプが違うところがあるので、同じ病気でありながら、え?って思うこともありますけど。そこは、まぁ、何とかコミュニケーション取ってるのかどうなのかわかりませんけど、(笑)感覚でうまい具合にいってるのかなっていう。

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Q:あのー、その1回目の手術をしたあとに腹膜炎を起こして、また緊急手術をして、また人工肛門にしたということなんですけども、その腹膜炎を起こしたあとっていうのはどんな感じだったんですかね。
 えーと、まぁ、そうなったのは、あの、人工肛門を閉じてお腹に戻す時に、どうも穴が開いてしまった…腸に、腸管に穴が開いてしまっていたらしく、で、普通に内科の治療した時も、腹痛とかまったくなかったんですが、その時は、本当にベッドの上で動けなくって、初めて痛み止めを打ってもらうぐらいな痛みがありまして。で、もう肺にも水が溜まっていたので、背中から肺から…背中から注射器で水を抜くような治療をするぐらいだったんですが。本当に大変でしたけど、(笑)もうとにかくがんばろうという気持ちだけです。

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Q:その(腹膜炎の)手術をして、その、まぁ、お腹の中を綺麗にして、その後は、もう、あの、すぐに良くなったっていうことですか。
 あ、そうですね。だから、その人工肛門を作…2回目にまた人工肛門に戻してからは、脱水症状が本当にひどかったので、それはちょっと苦労しました。本当に、家の階段も上がれないぐらい体力が落ちたんですけれども。あの、そうですね。一番ひどかったのはそこの時点です。
Q:それは、どれぐらいの期間続いたんですか。
 えーと、3月に初めの手術をして、4月の終わりに人工肛門を通す手術をした時に腹膜炎になったんですけど。で、再度、人工肛門してから、次の手術までは、じゃ、3ヶ月ぐらい置こうということだったので、5月から8月ぐらいまで、そういうちょっと脱水がひどい状態でした。
 自分でも、なるべく脱水にならないように気を付けて水分を摂るようにはしてるんですが、特に、それで、あの、退院して、本当に、全部手術が終わって退院してからは、そういうひどい脱水を起こすこともなく、あの、Jポーチ、まぁ、ポーチを作ってるんですが、そこの炎症を起こすこともなく、順調に今まで推移してきてるかなっていう風に思います。

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診察時26歳、インタビュー時44歳(2013年1月)女性 中国地方在住。長年にわたり一通りの内科治療をしたが改善しなかったので2002年に手術をして大腸全摘した。直後は腹膜炎を起こして大変だったが、現在は元気に暮らしている。家族構成は夫と二人暮らし。

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 大腸がないので、あの、トイレに行く回数、便をする回数っていうのは普通の人とは違う。で、私は、本当に内科治療してる時も、寛解期ではトイレって日々1回ぐらいしか行かない。本当にゼロか100かの状態だったので、それに比べると、もちろんトイレに行く回数は多くて、初め、術後は、やっぱり10回ぐらいトイレに通う感じだったんですけども、もう、あの、大腸がある時と違って、水溶便ではあるんですがお腹が痛いとかっていうこともなく、まぁ、我慢もしようと思えば少しはできるっていう状況から。で、初め、入院してる当初は、やっぱり何度もトイレに通うんですが、私は、割と、退院直後ぐらいからもう日に6回ぐらい通うぐらいになったので、まぁ、女性ということもあって、普通にトイレに行く時に、一応、便のほうも出しておけばだいじょうぶかなというぐらい。で、今でも、そんなに回数は減っていないんですけど、特に不便を感じることもなく。あの、本当に退院直後から、あの、便が漏れて困るということも全然なく、痛みとかも出ることがなかったので、まぁ、うまい具合にコントロールできてるかなっていう感じです。
 で、また、便の状況は、まぁ、毎日、あの、大腸がないからといって水溶便なわけではなくて、軟便な時もあるし、やっぱりちょっと脂っこいもの食べると、あの、本当に水溶便になってしまうこともありますけど、それでもトイレを我慢できないっていうこともないので、そんなに漏れとかも心配したこともないですね。ですから、旅行とかにも普通に行きますし、海外でも、行っても特に困ることもなく。まぁ、何でも食べれるという(笑)何を食べてもだいじょうぶというところが一番メリットだったかなっていう風に思っています。

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 家族は、もう、全て病気の治療に関して私に任せてくれていたので、特に反対することもなく、自分がそれがいいと、それでいいと納得してるんだったら、あの、やればいいじゃないかという風に言ってくれました。で、内科の先生は、やはりさっきも言ったように、もっと内科でがんばれる筈なんじゃないかっていう風には言われたんですが、まぁ、私が、もう、手術するっていう意志が固かったので、最終的には、じゃ、しょうがないねということで納得してくれたという形です。
Q:そうすると、あの、まぁ、非常に手術のあと、あの、調子が良いということで、あのー、手術して良かったという風に考えておられますか。
 はい。そうですね。あの、今、とても調子が良いので、特に手術をして良かったとは思うんですけども、例えば、あの、人工肛門が、永久的に人工肛門になったとしても、私は、まぁ、後悔はしていなかったと思うし、病気の時よりも格段、生活の質は上がっていると思うので、私は間違ってなかったと思います。
Q:そうすると、あの、まぁ、結果論ですけれども、もっと早くやれば良かったとかいうお気持ちはありますか。
 早くやれば良かったとは思わないですかね。やっぱり、あの、自分も、なるべくだったら、なくていい臓器はないと思うので。まぁ、なるべくしてちょうど良か…ちょうどやっぱり時期がちょうどそういう時だったんだろうなっていうのがあるので、誰も、あの、すごい早くやっとけば良かったという考えはないです。

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 なかなか効かないので、当時考えられる治療を全てしましょうということで、初めてパルス療法、ステロイドのパルス療法をやってみても良くならない。で、そんな治療をしているのに、トイレで気絶するほどの大量下血をしたりとかしてたので。でも、そろそろ手術かなと思いながらも、で、先生が、まだ、じゃ、大腸の動脈に直接ステロイドを入れましょう。で、太もも、足の付け根の動脈から大腸までカテーテル入れて、で、そこでステロイドを入れるっていうのを、こう、動脈を使ってるんで動いてはいけない。で、あの、血管造影をしながらなので、寒いそういうレントゲン室に3時間ぐらい放置される(笑)治療をしていて。もうそれが辛くてしょうがなくて、もしこれで良くなっても、次回また悪くなったら同じことを繰り返すのかっていうことを経験して、もうそれなら切ってしまおうというとこで外科手術を決断しました。
 で、その手術が決まったら、それまで何をやっても良くならなかった調子があっというまに良くなり、もう普通便も出、下血も止まったので、(笑)ちょっとこれは切らなくてもいいかな。手術キャンセルしようかなと思ったんですが、やっぱりその時の内科治療のしんどさを考えると、もう同じことは本当に繰り返したくないので、もうその場で手術は決めました。

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 入退院を繰り返していた時に、白血球除去療法が出始めた頃で、まだ保険適用ではなかったんですが、先生が割と新しいもの好きな先生だったりしたので、保険効かないけどやってみましょうということで、えーと、遠心分離の方法の白血球除去療法で、週に1回とか2回とか。で、それで、その時には、割とその治療が効いて、再燃してもまたそれを外来でやってもらえば復活するのを2回か3回繰り返していました。で、最後、内科に入院した時は秋口だったんですが、まぁ、自分ではそんなに大したことないと思っていたんですけど、入院して。で、先生もそんなにひどくないと思っていたので、ご飯食べる?絶食する?って聞かれて、いや、食べれるんなら食べますと言って。で、もちろん、えーと、ステロイドは静脈からずっと入れてたんですけど、その時、何かもうステロイドが効かない感じで。で、同じように白血球除去療法も繰り返したんですけど、良くならず。で、これはもうステロイドが効かなくなっているねということで、免疫抑制剤の24時間静注の治療に変わりました。
 で、それで、ちょっと良く…まぁ、あの、ステロイドすぐに切れないので併用してる期間がありながら、で、だいぶ良くなってきたから、じゃ、免疫調整剤も経口に変えようってなった時に、経口剤にするとすごい体調が悪くなり…頭痛がしたりとか吐き気があったり、で、また下血をするようになる。で、ちょっと経口への変更はうまくいかなくて、また点滴に戻り、で、そこから絶食。もう入院してから2ヶ月経ったあたりから絶食を強いられて、なかなか退院もできず良くもならない。

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 先生に説明を受けて、難病指定を受けている病気なのでと言われたんですが、うちの母も特定疾患の病気を持っていたので、まぁ、親子で同じなのかっていうので、あんまりそんなショックはなかったです。で、もちろん、絶飲食は続ける。で、IVH中心静脈栄養を入れて、ステロイドをそこから。あの、わかった時点で、全大腸型の重症だったので、もう絶食から始めて、ステロイドも、その当時、1日60ミリぐらい使う状態で。で、何度かそのIVHを入れてるところも炎症を起こして、何度も入れ替えたりとかしながら。で、初めての入院で3ヶ月ぐらい入院の経験しました。で、絶食期間は1ヶ月半。2ヶ月弱ぐらい。で、やっぱり、あの、そんなに潰瘍性大腸炎と言われて難病と言われてもショックではなかったんですが、同じ病室の人が次々退院していく中、なかなか退院できないことがストレスで、もう帰らせてくれと思うことはあったんですけれども。まぁ、割と、…同室の患者さんとかが良い人で、楽しい入院生活を送る(笑)感じでした。当時、病院に同じ病気の人も何人かいらっしゃったので、割とそういうところはあまり人見知りしないタイプなので、そこでお友だちになったりして。割と快適な入院生活を送りました。

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 調子が悪くなり始めたのは平成6年の12月ぐらいに当時働いていた会社の忘年会で焼き肉を食べたあとに下痢をするようになって、あれ食べすぎたかなあくらいの感じだったんですが、その年の年末に風邪もあって、また下痢をするようになって、近所の内科に通って点滴をしてもらったり、下痢止めの薬をもらって飲んでたんですが、風邪の症状はなくなったんですが、下痢だけが止まらなかった。ずっとそこの個人病院に通っていたんですが、そこで色々下痢が止まらないので薬を変えてもらうんですが、ストレスかな、とか言われながらなかなか効かず、だんだん「出血してるよねこれ」っていうのが段々自分でもわかるようになってきて、先生にそれを言っても、下痢でも痔になったりすると出血をするからと言われ、痔の薬をもらった。でも、どうも痔ではないと自分で思いながらも、先生がそう言われるからというのでそのまま下剤(下痢止め)を飲む日々を続けてた。
 どうもおかしいのでレントゲンを撮ろうということになって。そうすると、やっぱり腸の辺りに何かある。で、そのまま地域の総合病院に紹介状出されて、その足で病院…総合病院に行くと、すぐ絶飲食で入院ですと言われたところから始まりまして。で、その当時、紹介されたのが外科だったんですが、翌日、内科のほうに回されて、主治医の先生と顔を合わせるよりも大腸カメラをするのが1番だったというところで、もう何もわかないまんまに絶食で点滴を打たれ、CTと大腸カメラとかっていう、今まで何も病気をしたことがなかったので、いきなりのそんな重い病気のフルコースで、びっくりした感じから始まって、その大腸カメラで潰瘍性大腸炎ですと診断されました。